アイリッシュハープの歴史

古くから愛されてきたアイルランドの楽器、アイリッシュハープ(ケルティックハープ)の歴史


ハープの歴史について


ハープの音色には、癒しの効果があるといわれています。 繊細で、優しく、心地よい響きが癒しをもたらすのでしょう。
ハープの起源は であると言われています。 古代メソポタミア文明の壁画などに、その様子が記録されています。
古代ケルトの人々が、アイルランドに移住したのは紀元前6~7年前だといわれていますが、 その頃から、
吟遊詩人 と呼ばれる音楽家の人々は、ハープに似た楽器を抱え、歌っていたといわれています。
古代ケルトでは、吟遊詩人の人達は、社会の中でとても高い地位にいました。

ハープは元々全音階の楽器でした。ピアノの鍵盤で例えると、白の部分の音しか出ず、シャープ、フラットなどの、
半音は出せませんでした。

しかし、演奏する音楽が複雑になるにしたがい、ハープも改良する必要性が出てきました。
より多くの音を出せるようにと、様々なハープが開発され、18世紀にペダルで半音の操作が出来るように改良された、
グランドハープが開発されました。 グランドハープは現在でも、クラシック音楽などで使用されています。

そして、グランドハープとは別に、アイルランドで発展してきたハープの事を アイリッシュハープ といいます。
グランドハープと比べると、小型で、軽量なのが特徴です。弦の数は特に決まっておらず、製作者によって様々です。
こちらのハープも、最初は半音調節のレバーはついていませんでしたが、いつからかレバーが取り付けられ、
半音調節が出来るようになりました。


キャロランの伝記


アイルランドのハープ奏者で有名なのが、 ターロック・オキャロラン です。
キャロランはダブリンの北方、ミース州で生まれました。

学校に通い、教育をうけていたキャロランでしたが、
18才の時に天然痘にかかり、両目を失明してしまいます。

その後、ハープ奏者の元でハープの修行をしたキャロランは、3年後、
ロー夫人が手配してくれた馬と案内人とともに、ハープ演奏の旅に出ます。

ある時、ジョージ・レイノルズ卿という貴族の元で演奏したキャロランは、
レイノルズ卿に、演奏技術のつたなさを指摘されます。

レイノルズ卿は、キャロランに妖精の伝説を話して聞かせました。



「この話を曲にしてみなさい」と、キャロランの作曲の才能を試したのです。

お話をもとに、キャロランは、オリジナル曲を完成させました。
この時に完成した曲が、 「シーベグ・シーモア」 だと言われています。

完成した曲にレイノルズ卿は感動し、 「もっと作曲の才能を伸ばすように」 とキャロランを励ましました。

キャロランはその後、生涯曲を作り続けていく事になります。
キャロランは、訪れる土地で町人や、地主や、貴族のために曲を作っていきました。
婚礼や、お祝いのための曲や、亡くなった人の為の哀歌など、 様々な曲を作っていたようです。

キャロランの遺した曲は 200曲以上 になると言われています。
遺された曲を聞いていると、繊細で、やさしいイメージのするキャロランですが、
彼は陽気で、社交的な人物だったようです。

彼の残した曲は、 アイリッシュ・ミュージックを演奏する者にとって、
重要なレパートリーとなり、
今も生き続けています。


アイルランドのハープ、アイリッシュハープ


アイルランドのハープは、近年になり、再び注目が集まっています。

アイルランドでは、現在でもパブと呼ばれる酒場に集まり、音楽を演奏する習慣があります。
そんな中でも、ハープの演奏は欠かせません。

アイルランドの人達の間には、音楽を演奏することが、日常の楽しみとして
息づいているのです。

アメリカの病院慰問でも、 ハープによる演奏が、最も人気がある と言われています。

静かなハープの音色は、今も人々の心を打ち続けてやまないのです。

Illustrations By Nobu